貴方の愛に捕らわれて
歌が好きなのかと問えば、
『はい。歌っている時は何にも考えなくていいので』
答えた瞳が、一瞬、寂しさに揺らいだ。
香織の見せた寂しさは、本当に一瞬だった。
本心を見せない態度と、『郷田さん』と呼ぶよそよそしさに少し不機嫌になり、名前を呼ぶように告げた。
「猛」
『え……?』
「猛」
最初は、何の事か理解できなかった香織だが、俺が名前を繰り返すと、困惑しながらも
『猛さん…?』
と遠慮がちに名前を呼んでくれた。
名前で呼ばれた事に満足した俺は、香織の質問に優しく答えた。
「さっきの曲は何ていうんだ?」
『オーバー ザ レインボーです』
「それ、歌ってくれないか?」
俺はその曲を歌っている時だけ、香織が優しい目をする事に気がついた。
香織のそんな顔が見たくて、もう一度その曲を歌って欲しいと頼んだ。
それから香織は、いつも最後にその曲を歌い、穏やかな雰囲気をまとって帰っていった。