愛を教えて
握り締めた拳はブルブル震えている。それを目にしたとき、卓巳の中に不安がよぎった。

彼は娘を殴るような人物ではないはずだ。しかし……。


卓巳は隆太郎の機先を制するように立ち上がる。そして、ソファの横に立つと、床に正座して頭を下げたのであった。


世界有数の巨大企業である藤原グループの社長が、なんと妻を娶るために土下座した。


「すべての責任は僕にあります。このとおり、深くお詫び申し上げます。万里子さんに恋するあまりの暴走を、どうかお許しください」


驚きのあまり、隆太郎の怒りは矛先を失い、拳から力が抜けた。

そして卓巳は、一両日中に会長である祖母の了承を取り、結納の品を届けると宣言した。


「もし、祖母の反対にあったときは……僕が藤原を捨てます。そのときは、万里子さんと結婚して千早の家を継がせていただきます。腹は括っています。どうかお許しください、お願いします」


その真情溢れる卓巳の台詞は、見事、父親からひとり娘を奪い取ったのである。



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