愛を教えて
押し付けられた太一郎の体から、男の匂いがする。
近づいてくる口元からはアルコール臭がして、お酒の飲めない万里子は吐き気を覚えた。


「ぃゃ……いや……いやあっ!」

頭の中が真っ白になり、喉の奥から声を搾り出した。

そして、ありったけの力で太一郎を突き飛ばす。

万里子は身を翻し、一目散に食堂を目指した。

怖かった。

背後に何かが迫る気配を感じる。


(止まったらダメ。振り返ったらダメよ。捕まったら、私はまた……)


ここがどこなのか、なんのためにここにいるのか、すべてが彼女の意識から消し飛んだ。

偽装結婚の話も、卓巳の生い立ちも、メイドが話した衝撃の告白すら消えて、あの夜の恐怖が万里子を襲う。


食堂の扉を突き破る勢いで、万里子は中に飛び込んだ。

そんな彼女の様子に全員が一斉に振り返った。


卓巳は弾かれたように立ち上がり、万里子に駆け寄る。


「どうしたんだ! 何があった!?」


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