愛を教えて
「わかりました。でも、卓巳さんに女性を愛せないなんて……そんなこと、ありえませんよね」


万里子にとって、何気ない一言だった。
あずさの話が頭に浮かんだせいかもしれない。

ホームレスであった、施設で暮らしていた、など、驚くことばかりだ。しかし、それで卓巳に対する気持ちが揺らぐことはない。

卓巳が万里子を信用して昔のことを話してくれた。
万里子はそのことが嬉しくて、浮かれていたともいえる。卓巳の傷ついた顔に、気づけないほど。



「ああ、そんなことはありえない。……母から言われ続けたんだ。結局、大した金にはならなかったから、お前も堕ろせばよかった、と。それが……僕が君を許せない大きな理由だ」


卓巳の張った虚勢など、万里子に気づくはずがない。

その一方で、心ならずも万里子の傷口を広げることになったとは、卓巳も思わず。

それぞれの心に傷を隠しながら――ふたりは切ない笑みを交わした。


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