愛を教えて
「や、やあ。万里子くん。あれ、ひとりかい? 珍しいね」


恰幅の良い渋江は、普段は鷹揚に構え、見るからにどっしりとした人物だ。生粋の銀行家であるせいか、いささか計算高いのが玉にキズだと父は言っていた。
とはいえ、父は渋江のことをかなり信頼している。

万里子にしても同じだ。

渋江家との間で悪い思い出などひとつもない。

その渋江だが、今夜は様子がおかしい。まるで、万里子から逃げようとしているみたいだ。


「おじさま……例の方から伺いました。父が新規事業を計画していて、資金繰りに困っているというのは本当ですか?」

「うん、まあ、そうだな。私の口から詳しいことは言えんのだが。とにかく、藤原氏に任せたほうがいい。彼なら、決して君らを悪いようにはせんよ」


渋江は、万里子と一度も視線を合わそうとしない。


「待ってください。そんな……任せるなんて。あの方が私に何をおっしゃったか、おじさまはご存知なのですか?」

「まあ、その……弘樹とは縁がなかったんだよ。悪いことは言わん。千早社長のためにも……いいね」


弘樹との縁談を断ったことを、渋江は怒っているのではないか? 万里子はそう考えた。

そのせいで、いつもどおりの融資すら断ろうとしているのかもしれない。もしそうなら、万里子は渋江に土下座をしてでもお願いするつもりだった。


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