愛を教えて
藤原邸で聞かされたことも、万里子にとっては光明だ。


(あのときの卓巳さんは普通じゃなかった。何かに怯える小さな子供のようだった。もし、叔母様たちの話が真実なら……)


卓巳は『結婚する気も子供を持つ気もない』と言う。もしそうなら、ずっと卓巳のそばにいられるかもしれない。


――愛する人の妻でいられて、身体を求められなくて済む。


万里子にとって、このうえない幸せだ。

卓巳の本心を知らず、万里子は神に祈る思いだった。



万里子が四年前に負った心の傷は深い。どれほど卓巳に恋い焦がれても、セックスなど論外。彼女はまだ、愛を受け入れる心と身体にはなっていない。

卓巳以外の男性とは、エレベーターに乗ることすら勇気がいる。

たまに、宗がひとりで万里子を迎えに来ることがあった。
車の中でふたりきりになるときは、万里子は決まって後部座席に座る。

一度、運転手付きの車で迎えに来られたときが大変だった。
宗と後部座席に並んで座ったが、万里子の手は常にドアロックスイッチに触れた状態。車から逃げ出したいのを必死で抑えていた。

卓巳にはホテルのプールにも誘われているが……。
この四年間、一度も泳いでいない。人前で水着姿になれないのだ。
卓巳には溺れたことがあって怖いから――そんな嘘をつき続けている。


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