愛を教えて
「おばあ様、そろそろ式が始まりますが……」


花嫁の控え室を追い出された卓巳は、皐月を迎えに来た。

心臓に持病を持つ皐月に、周囲は洋装を薦めた。ところが、本人の強い希望で黒の留め袖に決まる。
五つ紋、鶴の模様が入ったそれは、三十年も昔、息子の佳き日を見越して、しつらえたものだった。


「まあ、卓巳さん。お婿さんがこんなところにいてどうするのです。わたくしより、万里子さんを迎えにお行きなさい」

「ご心配なく。牧師様の前までは、万里子のエスコートはお父上の役目です」


卓巳は皐月の車椅子を押しながら、テラスに設置してある車椅子用のスロープを慎重に降りて行く。そして、庭に向かって歩き出した。


『大奥様を迎えに行くのは私の役目です!』という千代子を説き伏せ、卓巳がやって来た。
それにはもちろん理由がある。



「すでにご存じのことですが……私は後継者にふさわしい人間では」

「卓巳さん。身体の繋がりなど、心の離れたふたりには意味のないものですよ」


卓巳の告白を皐月は遮る。


「しかし……」

「藤原家の人間は、自分以外の人間を愛することを知りません。あなたもそうだと思い、財産を盾に試そうとしました。ごめんなさいね。でも、あなたの万里子さんを見つめる瞳で、すぐに気づきました。……夫は一度もわたくしを、あんな目で見てはくださらなかった」


ため息と共に皐月の言葉が途切れる。


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