愛を教えて
裏庭は人で溢れ、藤原家始まって以来の幸福な空気に包まれていた。

人垣の向こうにガゼボ――西洋風あずまやの、八角形の屋根が見える。
ガゼボには遠目にも聖堂さながらの飾りつけが施されていた。


皐月は裏庭を見つめ、眩しそうに目を細める。


「でもね、万里子さんを見ていて気づいたのです。果たしてわたくしは、あなたの妻になれるならどんなことでもします、と思ったことがあっただろうか、と。答えは……」


寂しそうに皐月は首を左右に振った。


「藤原家の影響は、何ひとつ受けずに育ったあなただからこそ、立派に成長してくれました。何も恥じることはありません。あなたは最高の男性です。あなたに愛されて、万里子さんは幸せね」

「そう、でしょうか? 万里子は知りません。彼女には真実を伝えていないのです。できませんでした」


皐月は静かに首を振り、卓巳の手を取った。


「彼女はあなたを選んだのですよ。どうかそれを忘れずに……」

「はい。万里子を幸せにします。――必ず」



万里子は多分、気づいている。
だが、何も言わないし、求めない。

万里子と出会い、卓巳は生まれて初めて、心の安らぎを知った。それは卓巳の中から、契約書の存在を忘れさせるほど。


戸籍の上だけでなく、卓巳の中で万里子は妻だった。
今日からは対外的にも“社長夫人”として認められるだろう。
そしていつか、真実の妻にできれば……。

車椅子を押す手に力が入る卓巳だった。


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