愛を教えて
「卓巳さん! 卓巳さん、どうなさったの? ねえ、卓巳さん。返事をしてください」


血相を変えて追ってくる万里子を、卓巳は例の控え室まで連れて行く。
今度はちゃんと窓を閉め、入り口のドアにも鍵をかけた。


「なぜ、あの男を呼んだんだ?」



このとき、お互いに相手の気持ちが全く見えなくなっていた。

万里子には、怒り狂う卓巳の気持ちが。
卓巳にも、平然と昔の男を夫に紹介する万里子の本心が。

手を伸ばせば届く場所にいながら、心は遙か遠くに離れてしまう。



「君はいったい、どういう神経をしているんだ。私には全くわからない。なんでこんな……君はまだ、あの男が好きなのか?」

「そんなっ! 好きだなんて、そんなこと」

「だったらなぜ、奴と結婚しない……なぜ」


――子供を堕ろしたりしたんだ?


卓巳はその言葉を、唇を噛み締め飲み込んだ。


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