愛を教えて
部屋に戻るなり、卓巳は万里子に噛み付いた。


「どうして何も言わない!? 中澤が何か言ったんだろう? なぜ僕を問い詰めないんだ!」

「それは……私には、そんな権利はありませんから」

「契約書のことを言ってるのか? あの別項は削除すると言っただろう」

「別にどちらでも構いません。でも、おばあ様にだけは、心配をかけたくありません。どうかこれ以上、噂にならないようになさってください」


――どちらでも構わない。


ひとり興奮する卓巳の胸に、杭が打ち込まれた瞬間だった。
それにより、卓巳の心を理性の領域に押し止めてきたストッパーが壊れてしまう。


(なぜだ? どうして万里子はこんなにも冷静なんだ!?)


卓巳はしだいに、万里子が憎らしく思えてくる。


「噂か。そうだな……君に手が出せない分、適当にやらせてもらうさ」


自分の首を絞めていることは百も承知だ。
わかっていても止めることができない。


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