愛を教えて
父親からは『お前さえできなければ』と罵られ、母親は『堕ろせばよかった』と嘯いた。


そんな卓巳を『騎士のような強い精神力を持った誇り高い方』と称し、価値を与えてくれたのは万里子だ。


それに、卓巳はホッとしていた。
万里子が子供を望めない身体なら、自分のような不能者でも許してもらえるかもしれない。
もし、身体の傷が癒えたときは、彼女が望めば人工的に子供を授かる方法もある。

今まで、人に弱みは見せずにいた。
弱点を晒せば、そこを狙われ、喰い殺されるからだ。だが、卓巳はこのとき、万里子にすべてを告白する決意を固めた。


「忍さん、私は万里子に、四年前のことは二度と口にしないと約束した。いつか、彼女の口から話してくれたら聞こうと思っている。それまで、私は真実を知らない。だが、彼女を軽井沢には連れて行かないし、家族計画も口にしない。もし、今日私が訪ねたことを彼女が知ったら、初恋相手に対抗心を燃やして帰ったとだけ話してくれ。いいね」

「はい。はい、わかりました。ありがとうございます、卓巳様。このご恩は死んでも忘れません。どうか、お嬢様をよろしくお願いいたします」


万里子を幸せにする、と約束して、卓巳は千早邸をあとにした。


何度も頭を下げ、涙ながらに礼をいう忍を見て――。
母親を亡くしても、母親代わりの人にここまで愛される万里子を、羨ましくも誇りに思う卓巳だった。





―第5章につづく―

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