愛を教えて
店は六階建てビルの一階にあった。随分昔は、佐伯家が土地家屋を所有していたが、営業不振や代替りが続き、相続税などの問題も生じて、茜の父親が藤原グループの不動産会社に売却した。

現在も昔と同じ場所に店はあるものの、佐伯家は賃貸料を支払って営業している。
だが、その支払いが滞り、立ち退きを迫られたのだ。


それを知った茜は何を思ったのか、週刊誌で見かけた社長の婚約者、万里子を大学まで訪ね、直談判した。


――母さえ元気になれば続けられる、経営状態は悪くない、滞っている賃貸料の支払いは母が戻るまで待って欲しい、と。


正直に言えば、そんな末端のことまで卓巳には報告されない。
ましてや、万里子に言われてもどうしようもないことだ。

しかし万里子は、母親や弟妹のため、高校を辞めて働くという茜に同情を寄せる。


『同じような境遇の少女などごまんといる。ひとりやふたり助けたところで、どうなるものでも……』

『全部を救って欲しい訳でも、それができるとも思っていません。ただ、目の前で助けを求めている人に、できる限りのことをしてあげたいと思ってはダメですか?』


涙ぐむ万里子に逆らえるはずがない。

卓巳は茜に賃貸料一年分に相当する金額を無金利で貸し付け、高校を辞めずに働ける場所を提供した。

当然それには、邸内で万里子の味方を増やすという、卓巳の目論見もあったのだが……。


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