愛を教えて
「なあ……殴って、悪かった。キスも……カンベンしてくれ」


今にも消えてしまいそうな小さな声。

だがそれは、今の太一郎にとって精一杯の謝罪。


室内に、万里子の口から零れた安堵の吐息が広がった。


「はい。私は許してあげます。それと……太一郎さん、八針も縫ったと聞きました。自殺を止めてくれて、ありがとうございました」



万里子が部屋を出て、ものの数分で室内は暖かさを取り戻した。


物心ついてからずっと、太一郎の胸に纏わり続けた思い。


誰も自分の気持ちをわかってくれない。ダメな自分を許してくれない。それは、当てのない憤りとなって、弱い者へと向かった。


それが、今は綺麗さっぱり消え失せている。


生まれて初めてもらった感謝の言葉は、罪悪感が芽生え始めた太一郎の胸を苛んだ。


万里子から与えられた「ありがとう」は、この手の傷にふさわしいものではない。


太一郎は右手を握り締める。


白い包帯は血と涙に滲んでいった。


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