愛を教えて
かすかに万里子の瞳が曇る。だが、傷ついた様子はない。


『いません。信じてくださらないかもしれませんが、男性経験は四年前の一度きりです。結婚するつもりもありませんでした。ですから、私も父に花嫁姿を見せてあげたいんです。……それだけです』


先ほどの激昂ぶりとは違い、万里子は口元に笑みを浮かべて言う。

卓巳はそれを、理由はわからないが不愉快な気分で聞いていた。

自分で自分の首を絞めているみたいだ。そう思いながら、更に尋ねてしまう。


『よほど……好きだったんだな。子供の父親のことが』

『さあ、どうでしょうか。ただ、消せない過去です。生涯、背負うべき罪だと思っています』


万里子は、胸にかけた大きめのペンダントを握り締め、そう呟いた。


卓巳の胸に、再び彼女を泣かせ、激怒させたい感情が渦巻いた。だがそれは、この半日の努力をすべて無にしてしまう行為だ。

かろうじて打ち消し、わざとらしく取り出した書類に目を落とす卓巳だった。



(彼女は、ただ一度の不貞を罪だと感じているのか? それとも、愛する男の子供を産めばよかったと、後悔しているのか?)


卓巳の中で万里子に対する疑問が膨らんだとき、今度は少し苛立った宗の声が耳に届いた。


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