愛を教えて
「腕ずくでなんて……絶対にするもんか。俺、彼女の子供に生まれたかった。あんなふうに愛されたら、見失うことはなかったのに。こんなに……罪を犯さず済んだのに」


大人たちの確執に巻き込まれた犠牲者がいた。

こんなに近くにいたのに、ひとつ屋根の下に暮らしながら、二十年以上気づくこともなかった。

堕ちてゆく少年を更に追い落とし、誰ひとり救いの手を差し伸べず……。

皐月は自らの罪を身に沁みて感じていた。


「遅くはありません。生きている限り、行いを正すことはできます。わたくしの罪も聞いてください。あなたが愚かな行いをする度、密かに喜んでいました。あなたのおばあ様に向けた醜い嫉妬を、尚子さんに向け、そして、あなたに向けました。卓巳さんにとってあなたは血の繋がった従弟であるのに。……ごめんなさいね。愚かなわたくしを許してちょうだい」


皐月は太一郎に手を差し伸べる。

太一郎は生まれて初めて祖母に抱き締められた。


その瞬間、彼は声を上げて泣いたのだ。それは皐月や千代子の耳に、産声のように聞こえていた。


< 552 / 927 >

この作品をシェア

pagetop