愛を教えて
万里子は思い出していた。

多くを望んではいなかったはずだ。一瞬でも構わない、卓巳の妻と呼ばれたい。ウエディングドレスを着て彼の隣に立つ、それだけで一生の思い出になる。

願いはそれだけだった。

“愛している”の言葉に、欲ばりになっていた自分を知る。

いつの間にか、卓巳に選んでもらえることを、当然のように思っていた。


(最後まで卓巳さんのことを愛そう。一分でも一秒でも長く彼のそばにいて、彼のことを見つめていよう。心に焼き付けて、たとえ二度と会えなくても、一生忘れないように)


愛は与えるものだ、と太一郎に教えたのは万里子である。


万里子は泣くのをやめた。

卓巳に従おう。たくさんの愛の言葉をくれた。万里子には決して届かないと諦めた、煌く宇宙《そら》の星を、卓巳は与えてくれたのだ。

嘆くのは、すべてを失くしたあとでいい。


万里子は悲しい思いを込めて、車で待つ卓巳を静かな表情で見つめる。




――少しでも長く万里子と一緒にいたい。生涯ただひとりの妻だから……決して忘れないように。


そんな卓巳の胸の内など、万里子には知るよしもなかった。





―第7章につづく―


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