愛を教えて
(抱き締めたい……口づけたい……愛していると言ってしまいたい!)


そんな衝動と戦う卓巳をどう思ったのだろう。ベッドサイドの椅子に座り、覗き込んでいた万里子はスッと身を引いた。


「私がおそばにいては、充分にお休みになれないでしょう。パーティの席に戻ります。卓巳さんはご気分がよくなるまで、横になっていてください」


そう言って万里子は立ち上がり、部屋から出て行く。代わって入って来たのはスイートルーム担当の客室係であった。


『ミスター・フジワラのお世話をするよう、奥様に申しつかって参りました。なんでもご命令ください』


すでに見えるはずのない万里子の背中を卓巳の目は追った。悲しげな瞳や心細そうな肩が、卓巳の瞼に残像となってちらついた。


『ミスター? ご気分が悪いようでしたら、すぐにホテルドクターを』

『いや、いい。しばらくひとりにしてくれ』


客室係は卓巳を気遣ったが、こればかりはどんな名医にも治す事は不可能だろう。

それが“孤独”と知らぬうちはなんでもなかったことだ。しかし、卓巳の心と身体は万里子の温もりを知り、本当の“孤独”を知った。

それはもう、彼女を抱き締めずに眠ることなどできぬくらいに。

卓巳は重症の“恋の病”だった。


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