愛を教えて
もう、逃げられない。愛することをやめられない。愚かな失態を繰り返しても、その都度ひれ伏して、彼女に愛を請うだけだ。


「万里子……愛してる……万里子」


洗面台に突っ伏したまま卓巳は泣いていた。

万里子は無言で部屋を出て行った。当然だろう。これほどの手酷い裏切りに遭い、戻って来る訳がない。


卓巳の体に、絶え間なく嘔吐感が襲いかかる。ほとんど食事も取っておらず、胃も空っぽだ。吐くものなど何もない。

だが、ジューディスに触れた罪悪感に、卓巳は胃液まで吐き続けた。

心も身体もボロボロだ。苦しくて、辛くて、いっそこのまま死んでしまいたい。


卓巳の心が闇に沈みかけたそのとき――裸の上半身がバスローブに包まれた。


小刻みに震える卓巳の背中を、温かい手が何度も往復する。


「大丈夫、大丈夫だから……。ゆっくり息をして、落ちついたらベッドに行きましょう。お医者様に来てもらいますから」


(嘘だ。幻聴だ。彼女が戻るはずがない)


それは万里子の声に聞こえた。

卓巳は信じられない思いで顔を上げた。


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