愛を教えて
残念なことに、この日ふたりは動物園に辿り着けなかった。

決して卓巳の運転がつたなかった訳ではない。

卓巳に、緊急の商談が入ったのだ。藤原の担当者との交渉が難航し、取引先が交渉相手に会社トップである卓巳を指名した、と。

宗からの電話に、ふたりは最初に会ったホテルに急ぎ戻ることになり……。



「あの、お仕事でしたら、私はここで失礼いたします。都内ですし、ひとりで帰れますから」

「ダメだ! 今日は夕食まで付き合ってもらう予定だ。ホテル内のレストランを予約しておこう。フレンチ、チャイニーズ、イタリアン辺りか。何がいい?」

万里子の家を出発してから一時間足らず。

卓巳は大慌てで万里子を引きとめた。予約を入れてしまえば彼女のことだ。店に迷惑をかけまいと、卓巳を待つだろう。

その時間まで、万里子を独占できる。


(だが、なんのために?)


その感情に理由が見つからず、卓巳の頭が疑問符で埋まりはじめたとき――。


「どれも好きですが、あなたがよければ、和食が」

「ああ……僕も好きだ」


無意識のうちに卓巳は答えていた。


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