愛を教えて
スイートのあるフロアで下り、最初のドアを押し開け中に入る。人目が無くなるなり、卓巳は万里子を怒鳴りつけた。


「なぜ会った!? それもふたりっきりで」


万里子は必死で電話がかかったことから、医者がやって来たことまで、卓巳に説明する。だが、卓巳は得心のいかない顔だ。


「本当は、君が会いたかったんじゃないのか?」

「なんのために? どうして、私が彼に会わなきゃならないんですか?」

「聞いたよ。ミセス・ストラウドは……奴の実の姉らしいな」


その言葉に、万里子はもっと早く卓巳に話すべきだったと後悔した。


「……ごめんなさい。でも、私も知らずに」

「奴は狙った獲物は逃がさないんだそうだ。ライカーは鼻につく自信家だが、伯爵家の養子に入ったことで桁外れの資産と権力を手に入れた。そんな男が君を欲しがっている。……すぐに自信を失って、迷い始める僕とは大違いだな」


卓巳は自虐的な笑みを浮かべた。

万里子の胸に、一気に不安が押し寄せる。

莫大な違約金というのは本当だろうか? 本当に万里子が原因で契約が流れるのだろうか? そうなったら卓巳の立場はどうなるのか。

仕事で失敗する――そんな卓巳の姿など想像もできない。卓巳に批判的な日本のマスコミでさえ、卓巳は天才で右に並ぶ者はいない、そう書き立てた。

ライカーも『タクミはさすがだ』と認めていた。だが『この国では負けない』とも。


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