愛を教えて
『形跡がない? だが、相手の男はハッキリと口にして、妻も否定しなかった』


内診の結果、性交渉はなかったと診断された。


『不幸中の幸いですが、間違いありません。法律的には未遂という形になります。警察に通報されますか?』


英国でレイプは親告罪ではない。被害者対策先進国と言われる国だ。しかし、今回は被害を立証することが難しいだろう。


『形的には、妻が自ら男の元に出向き、愛人関係を了承したはずです。当然、セックスも……。自分から寝室に行き、服を脱いだ可能性もある。それが卑劣な罠で、彼女は僕のせいで脅迫に屈したとしても』


卓巳は電話口で話したひと言ひと言が悔やまれてならない。無意識とはいえ、万里子を罠にはめる連中に加担したのだ。

卓巳の視線の先には万里子が眠っていた。極度の興奮状態が続き、催眠鎮静剤を投与せざるをえなかった。卓巳は椅子に腰かけ、両肘を膝の上に置き、祈るように手を組んでいる。言葉にするだけで指に力が加わり、爪が肌に食い込んで行く。

そんな様子を見かねたのか、精神科のドクターがスッと卓巳の両手に自身の手を添えた。


『決してご自分をお責めにならないように。あなたが自分を責めたら、彼女も自分を責めます。悪いのはあなた方を騙し、奥様を罠にかけた男なのですから』


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