愛を教えて
それは、卓巳の声が、本当の意味で万里子に届いた一瞬だった。


万里子の瞳が卓巳を映す。

髪が濡れていた。バスローブを羽織っている姿を見て、シャワーの途中だったことがわかる。その証拠に、無精ひげが卓巳の顎に残っていた。


「ダメよ。卓巳さんは死んじゃダメ。お願い、死ぬなんて二度と言わないで」


卓巳の顔は憔悴の色が濃く、目は真っ赤だ。ロンドンに着いてすぐのころのように、何日も眠っていないのかもしれない。食事は取っているのだろうか? また倒れはしないか? 万里子の頭に、そんな心配ばかりが浮かぶ。


「どうしたの、卓巳さん? 目が赤いわ、ちゃんと寝なきゃダメです。食事も召し上がらないと」


卓巳の充血した瞳に涙が浮かぶ、やつれた頬がふわっと緩んで……卓巳は満面の笑みを浮かべて言った。


「やっと僕を見てくれた。やあ、お帰り……奥さん」


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