愛を教えて
彼女の反応を目にして、卓巳は一気に酔いが醒める。


「すまない……つい。交渉がうまくいってね。調子に乗って飲み過ぎたようだ。本当に、悪かった」


あらためて座布団の上に座り直し、卓巳は謝罪を口にする。


「そ、その方も同じお邸に住んでおられるんですよね? わ、私……そんな方と一緒に暮らすなんて」


震えの治まらない唇から万里子は涙声で呟いた。今にも、「契約を白紙に戻したい」と言い出しそうだ。


「それは……だが、君は僕の妻になるんだ。いくら奴でも、従兄の妻に妙な真似はしないさ……」


そんなことを口にしたものの、しだいに卓巳も不安になってくる。


(本当に大丈夫だろうか?)


「でも……でも、あなたは仕事でお帰りが遅くなるんでしょう? それに、出張のときはどうしたらいいんですか? 何日も戻ってこられないときは……私はひとりきりに」

「鍵を付ける! もちろん今もあるが、更に頑丈な内鍵を取り付ける。寝室もバスもトイレもだ。奴には指一本触れさせない。なんなら、契約書に書き足してもいい!」


卓巳は滑稽なほど必死になって、万里子を引き止めた。


「わかり……ました。あなたを信じます。信じてもいいですか?」

「ああ、もちろんだ」


万里子の信頼に卓巳は胸が温かくなる。彼は安堵のため息を吐きつつ、これまでにない優しい気持ちで万里子を見つめるのだった。


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