愛を教えて
卓巳にすれば、彼の中の“男”が、埋葬寸前に息を吹き返したのだ。眠り続けた十五年分の情熱を、万里子に注ぎ込みたい一心だった。

卓巳はセックスがこんなに楽しいものだと思ってもみなかった。ずっと万里子に触れ、キスしていても飽きることがない。いつでも、どこでも、万里子と手を繋ぎ、触れ合っていたいと思う。

真冬の寒さも弾き返すパワーで、卓巳の心はロンドンの街並みをスキップしていた。


だが、それと同じくらいの不安も抱えている。

自分のセックスは、前戯も含めて万里子を充分に満足させていないのではないか、と。

卓巳自身は最高の快感を得ている。だが、万里子はどうだろう? 多くの男性が自分の下半身に対して持つ不安を、卓巳はより一層感じていた。

とくに、機能しなかった時間が長い。

もしまた……それを考えると、焦るばかりだ。色々考えるあまり、途中で萎えることもある。万里子にも同じだけの悦びを、と思えば思うほど上手くいかない。

落ち込み、万里子に励まされ、再び立ち上がる、の繰り返しだった。

その姿は卓巳が想像する“理想的な大人の男”からほど遠い。万里子が考える以上に、卓巳は彼女の言動に神経を尖らせていた。


その結果、万里子のひと言は卓巳の耳に――「あまりよくないから、もうセックスはしたくない」と聞こえてしまう。


あの場面でおとなしく引き下がればよかった、と卓巳はあとになって思った。なんと言っても、たったひと晩のこと。

だが、恋愛に関しては心も身体も“十代の少年”と同じ卓巳である。

そんな卓巳の頭に浮かんだプランは「キスして抱き合えばわかり合える」というお粗末なものだった。


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