愛を教えて
「卓巳さんの馬鹿! どうしてわかってくれないの!?」


万里子はそう叫ぶと卓巳を突き飛ばした。

卓巳にとってふたりの時間、愛の囁きはそのままセックスに繋がる。しかし、万里子にとっては違う。

だからこそ、卓巳の男性機能が充分でなくとも、今と愛は変わらない。それらを補うために、精一杯の優しさを見せてくれる卓巳が、最高の男性に思えた。

万里子がそれを伝えても、卓巳は少しもわかってくれない。

男の価値を限りなくゼロにしている問題が解決したのに、以前のほうがよかったなんて……信じられないと卓巳は首を振る。

抱き合えば考えが変わるはずだ、と卓巳は更にセックスを迫った。


「もう一度チャンスをくれ!」


怒って部屋を出ようとしたとき、卓巳に投げかけられた言葉の意味が、万里子にはさっぱりわからなかった。



ホテルの中を万里子がひとりで歩くのは初めてだ。

決して大きなホテルではない。六十室程度なら部屋数は少ないほうだ。そして、五つ星ホテルの中で宿泊料金は上位ランクに属している。

しかし、稼働率は好調だった。客室はシングルからツインまで全室スイートタイプ。リッツのような格調高い豪華さはないが、すべてにおいて最新式の設備を誇る。

そして人気の秘密は、また訪れたい、長く滞在したい、と思わせるアットホームなサービスにあった。


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