愛を教えて
翌日の午後四時過ぎ、卓巳と万里子は成田空港に到着した。


「年の瀬に成田を発つときは、こんな気持ちで戻って来られるなんて思いもしませんでした。卓巳さんと一緒にいられるのもこれで最後なら、いっそ飛行機が落ちてしまえばいいのにって」

「おいおい、物騒だな」

「だって戻ったら離婚っておっしゃってたから」

「君にそんなことを言った愚か者がいたのか? とんでもない奴だ。顔が見てみたいよ」

「鏡をお出ししましょうか?」


万里子は茶目っ気たっぷりに微笑み、卓巳の右腕に手を添えると、コツンと頭を預けた。

卓巳は歩幅を縮め、歩く速さを万里子に合わせる。

それに気づいたのだろう、万里子は再び卓巳を見上げ、今度ははにかむように笑った。


(ここは日本だ。街角で気軽にキスはできない)


卓巳はその台詞をお題目のように心の中で唱えた。結婚以来、いささか故障気味の自制心を働かせ踏み止まる。

ふたりは浮かれ気分のまま、到着手続きの最終段階である税関を抜けた。

そのときだ、思いもよらぬ待ち人を正面に見つける。万里子も驚きの表情で、卓巳の袖をギュッと掴む。


< 835 / 927 >

この作品をシェア

pagetop