愛を教えて
「ありがとう――と。そのひと言です」

「たったそれだけを、思わせぶりに言う奴があるか!」


愛している、どこかで待っている、そんな言葉を想像していた卓巳には、とんだ肩すかしだ。

だが万里子にとっては、それなりに胸を打つものだったらしい。大きな黒い瞳を潤ませていた。


「宗さん、二度と会えないとかじゃありませんよね? 太一郎さんもいつか戻って来られるのよね?」

「そうですね。でもしばらくはそっとしておきましょう。悪行を改めるのは、なかなか大変なものですから」


宗はしみじみと口にする。


「なるほど、経験者は語る、か」


卓巳のからかい口調に、宗は咳払いをして話を進めた。



そして初めて、卓巳は太一郎が臨時取締役会で取った行動を知らされる。


太一郎の父、敦の肩書きは、藤原物流の代表取締役社長だ。

彼は本社に席はなくなったが、立場的にはこれまでとあまり変わらない。ところが今回、中国市場の拡大のため、彼自身が中国統括本部のある上海に乗り込むことを決めた。

どうやら、息子の立ち直りを目の当たりにし、彼の中で眠り続けていた勤労意欲が目を覚ましたらしい。

短くて二年、長ければ五年以上となるため、尚子もついて行くことになる。


「なんでも、あちこちにいた愛人とも全部手を切ったようですよ」


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