愛を教えて

(6)あなたが教えてくれたこと

ポチャン。湯船の中に蛇口から水滴が落ち、波紋を広げた。


(怪我……大丈夫かしら。消毒する前に、冷やしたほうがよかったのかしら)


万里子は肩までお湯に浸かりながら、卓巳の怪我を案じていた。

実家のお風呂に入るのは結婚して以来のこと。年末に戻ったときはそれどころではなかった。あのときから考えれば、今の万里子は随分落ちついているのかもしれない。


最初は悲しかった。

どうしようもないほど悲しくて、自分を責め、卓巳も責めた。原因を作ったライカーも、万里子を診察したロンドンのドクターすら心の中で恨んだ。

でも、自分の中に諦めていた子供がいる。

それだけで、四年前、子供と共に葬り去ったはずの母性が万里子の心に甦った。

愛する卓巳の子供を、我が子を抱くチャンスなのだ。少しでも希望があるなら、精一杯守らなければならない。

それは今度こそ、万里子が母親として果たさねばならない義務だと思った。


もちろん、卓巳の気持ちがわからない訳ではない。

卓巳は子供より万里子を大事に思ってくれている。通常の妊娠より、わずかに高いだけのリスクすら認められないほど。

ライカーのことを口走っていたが、あれが卓巳の本心だとは思えない。

子供のこともそうだ。

『癌と同じ』だなんて、本気で思っているはずがない。

だからこそ……。万里子は湯船の中で、そうっとお腹に手を当ててみる。


「大丈夫……絶対に大丈夫よ。愛してるわ。パパもママも、あなたのことを愛してるから。安心して鼓動を刻んでいいのよ」


万里子は静かに目を閉じ、幾度となく「大丈夫」を繰り返した。


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