愛を教えて
「宗、この女を黙らせろ。できないなら追い出せ!」


卓巳はやり場のない怒りを宗に向ける。


「雪音さんをクビにするなら……私も出て行きます」

「万里子!」 


万里子は小さなボストンバッグを手に、そこに立っていた。いつの間に詰めたのか、中身も入っているらしい。


「次の診断結果が出るまでの二週間、実家に帰らせていただきます。でも、その間に雪音さんをクビにしたら戻ってきませんから」

「万里子、いったいなんの真似だ。僕を脅すのか?」

「この子が単なる細胞じゃなくて、愛の結晶だと認めてくださるまで戻りません」

「わかった。認める。だから行くな」

「じゃあ、心音が確認されたら、産んでも構いませんね」


それでもし、子供と一緒に万里子まで失えば――卓巳は神と運命を呪い、自滅の道を突き進むことになる。

卓巳には万里子が命を粗末にしているとしか思えない。

夫より子供が大事なのか、と愚かな嫉妬まで生まれる始末だ。


万里子は床に転がった消毒液を拾い、卓巳の傷を手当てする。そして、答えを出さない卓巳に、背を向けた。



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