愛を教えて
万里子は中絶を決め、忍はそれに従った。

手術の同意書を用意してくれたのも忍だ。

あのときの万里子には、誰のサインが書かれていたのかも、そして、サインが必要なことすら思い浮かばなかった。



父に嘘を重ね、入院して手術を受けた。

いつまで苦しめばいいのか、と涙に暮れるころ、万里子は更なる絶望の淵に落とされた。


それは、妊娠中期にさしかかっての中絶だったため、母体にかかる負担が大きくなってしまった。将来、妊娠は難しいと言われてしまう。


『私がもっと早く気づいていれば。もっと大きな病院で手術を受けていれば』


責任を口にする忍に連れられ、他の病院も廻った。

だが、診断に大きな差はなく。ならば著名な病院で治療を、という忍を、万里子が止めたのである。


万里子は殺した我が子のことを考えていた。

手も足もあった、心臓も動いていた。その心臓を万里子は止めてしまったのだ。

悪魔に与えられた子供には違いない。たとえ産んでも、愛することはできなかったと思う。


しかし、子供の母親は、紛れもなく万里子だった。


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