愛を教えて
『でも……お嬢様』

『お父様に知られたら、私はもう娘ではいられない! そのときは、お母様のところに行くわっ!』


母親代わりとはいえ忍は家政婦に過ぎない。彼女には半狂乱で泣き叫ぶ万里子を、力ずくで病院に連れて行くことはできなかった。



しかし――彼女の受ける傷はそれだけに留まらなかったのである。



事件から一ヶ月が過ぎ、妊娠を心配する忍に『問題はなかった』と万里子は告げた。

季節が夏から秋へと移り、そして、秋が深まるころ、忍に万里子の嘘がばれたのである。

事件から二ヶ月以上が過ぎていた。


『どうしてもっと早く話してくださらなかったのです!?』


ただ、怖かったのだ。何もかも忘れよう、あの一夜はすべてなかったことにしよう。そうして父の前で笑顔を作った万里子には、あの夜の苦しみを思い出すことができなかった。


忍に連れられ、万里子は産婦人科を受診した。

妊娠四ヶ月目――間もなく十五週と言われる。人工中絶手術の比較的安全な時期は過ぎており、万里子には迷う時間が残されてはいなかった。


『お嬢様に万一のことがあっては。旦那様に相談いたしましょう。そのうえで』

『お願い、忍。お願いだから言わないで。一生のお願い』


< 92 / 927 >

この作品をシェア

pagetop