リアル




「いやいや、歯医者なんて久し振りだから、やり方なんて忘れちまったよ」


隣の患者は老人らしく、顔までは分からないが白髪だけが見える。


「ふふ、そうですよね。ただでさえ、お口開けるだけでも大変ですものね。でも、口で息をしようとすると溺れちゃいますからね」


医師はヘルパーの免許でも持っているのかというほどに、ゆっくりと話す。


やはりここは優しさや丁寧さを売りにしているのだろう。


薫が以前勤めていた歯医者は、昔ながらの歯医者で医師も乱暴は口調だった。


だから患者数は少なかったのだろう。


薫はそう考えながら、隆の方に視線を戻した。


今は削った穴に白い詰め物をしている最中らしい。


接着剤を塗り、青い光を照射しているがそれが何か薫には分からない。


続いて、ペンみたいな形をしたものを使い、詰め物をしていく。


あれの中に、詰め物の成分が入っているのだろう。


そしてまた青い光を照射する。


「今、かちかちと噛んで頂いて、高い感じあります?」


医師は使ったものを衛生士を渡しながら隆に訊いた。


隆は素直にかちかちと歯を鳴らした。


その姿は幼く見え、彼の過去を知らなければただの無邪気な青年に見えるだろう。


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