リアル
無性に紫煙を燻らせたい。
生野篤志はそう思い、背広の胸ポケットに手を這わせた。
だがそこに、普段はある箱がない。
くそ、忘れてきたか。
生野は小さく舌打ちをした。
殺人現場だと分かっていて煙草を忘れるなど、愚の極みだ。
人が殺された空気を肌で感じると、無性に煙草を吸いたくなる。
そうなったのはいつからだったか。
「悪い。コンビニ行ってくる」
生野は隣に立つ若月巡査にそう告げた。
まだ若々しい風貌をした若月は、「分かりました」と威勢の良い声で返答をした。
何もそんな大きな声で答えなくても。
生野は心の中で苦笑いをした。
だが、威勢が良いのも、仕事熱心なのも、彼の良いところだ。
生野は若月に小さく手を挙げ、張り巡らされたブルーシートをくぐった。
ふと視線を上げた先の野次馬の群れに、見慣れた顔を見付けた。
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