リアル


野次馬の最前列に立つ女は、地味な服装ながらも、美しい。


生野はコンビニに向かう予定を変更し、その女に近付いた。


その周りには暇をもて余した主婦達が、近付いてくる生野に何かを訊きたげな顔をして目をぎらつかせている。


彼女達は此処で噂話や憶測に花を咲かせているよら、刑事に訊いたほうがいいというのをよく分かっている。


生野が自分の目の前に来るのを、いつかいつかと待ち構える彼女達には目もくれず、生野は目当ての女性に近付いた。


一方、彼女の方は中の様子が気になって仕方無いらしく、生野がすぐ側にまで来ていることに全く気が付いていない。


まだ、事件に対する情熱は捨てられないか。


生野は彼女の美しい顔を見ながら思った。


「お嬢さん、煙草、お持ちじゃないですか?」


生野は囁くような声で、彼女――雪穂薫に言った。


薫はようやく生野の存在に気付いたらしく、目を丸くした。


いつの間にか目尻などに小皺はあるが、十分に美しい。


生野がにやりと笑うと、薫は肩を竦めながら、首を横に振った。


周りでは主婦達が生野に話を訊く機会を窺っている。


生野はそれを敢えて気付かない振りをし、顎で薫についてくるように指示をした。


薫もそれを即座に理解し、野次馬の群れから離れる素振りを見せた。




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