リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
人の気配に、牧野は目を覚ました。

最後までその寝心地を心配して、クッションを並べ変えたり、シーツを取り替えようとしたりする明子を、大丈夫だからと言い宥めて、牧野はカスカスの理性を振り絞って明子を寝室に追いやると、自分はソファーに横たわった。


(いい年した男と女が、真夜中に風呂まで入って一緒にいて、なんでこんなことになってんだか)


目を閉じて眠りに落ちつつある意識の中で、牧野はそんなことを考えて、くすりと笑った。

きっと、自分が本気で求めれば、彼女は拒むことはないだろう。
望めば、その全てを、自分に差し出してくれるだろう。

判っているからこそ、今夜はダメだと、牧野は自分に言い聞かせた。
本気で抱いてしまったら、明日、明子は起きることさえ辛くなるに違いない。
そして、そんな状態になったとしても、その痛みも苦しさもすべて堪えて仕事に行くと、今の明子では言い出しかねない。

もちろん、そんな理由で休めと言うのも牧野も気が引ける。
君島から貸してくれと頼まれて、出席させる会議があるのだ。
それを欠席などさせたくない。
だから、今夜は俺が堪えろと、牧野は自分に言い聞かせた。


(ナめんなよ、俺様の理性を)
(何年、待ち続けたと思ってるんだ)
(ここで焦って、台無しになんてさせるかよ。
ばーか)


自分の中で、明子が欲しいと呻いている獣に牧野はそう言って、鼻を鳴らして眠りに落ちた。

その落ちた意識が捕らえた人の気配に、牧野はなんだと目を開けた。

暗闇に慣れた目が、足元のほうで毛布を頭から被るようにして蹲っている明子の姿を見つけ、たちまた意識が覚醒した。

おずおずと、牧野は暗闇の中で、明子の名を呼んだ。
その声に、ゆるりと明子は顔を上げる。
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