リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
穏やかな日差しが差し込む気配を感じて目覚めた朝は、いつもよの三十分ほど早い目覚めだった。
隣にいたはずの明子の姿はすでになく、聞こえてくるキッチンに立つ姿が想像できる耳に心地いい音が、牧野の気分を晴れやかにした。


(一人じゃない朝って、いいな)
(もう、問答無用で攫っていっちまうかな)


牧野には少し小さいベッドで伸びをして、体を起こして寝室を出ると、想像通りキッチンに立つ明子の後姿に声をかけた。

「おはよう」

髪を束ねて、濃いグレーのパンツにシンプルの白のシャツを着ているその後ろ姿は、突然の牧野の声に肩をびくんと跳ね震わせてから、牧野には背を向けたまま、けれど、いつもよりずっと柔らかな声で「おはようございます」と、挨拶を返してきた。

その背後に、ピタリと体を密着させるようにして立つと、牧野は明子の腰に腕を回した。
シャツの袖を肘まで捲くって、飾り気のない紺色のエプロンを掛けている姿にすら、朝から元気になってしまいそうな衝動を牧野は覚えてしまうが、精一杯の理性を張ってそれを抑えた。

体に触れたとたん、くうっと力が入って、固まっていく明子の体に、まだ緊張するのかよ、バカと苦笑して、その鼻でもむぎゅっと抓んでやるかと手を伸ばしかけて、やめた。
緊張はほんの一瞬のことで、明子はすぐに甘えるように、牧野の腕の中で落ち着いた。
その体を牧野の温もりに馴染ませたようだった。


(お。少しだけ、甘え方が判ってきたな)


それが妙に嬉しくて、つい悪戯するように明子の右の耳に唇を寄せると、音をたてるようにして口付けた。
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