リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
「やっ」

もう。朝からいたずらしないでくださいっ
ぶんと膨れるその頬を、牧野は笑いながら突っついた。

「ちゃんと眠れたか?」

愛しい愛しい愛しいと、その思いを全て声に乗せて、牧野はそう明子に尋ねた。

一度、頬に触れる手があったような気がする。
睡魔に負けて目を開けることができず、それを確認することはできなかったし、すぐに規則正しい寝息が聞こえてきたので、そのままぐっすりと眠りに落ちてしまったけれど、もしかしたら、明子はあまり眠れなかったのではないかと、そんな不安が胸を過ぎった。
けれど、牧野のその問いかけに、明子は小さながらも縦にしっかりと首を振った。

「よく眠りましたよ」
「ホントか?」

怪しむ声で尋ねると、明子は少しだけ考え込んでから答えを返した。

「二回くらい。なんとなく、ぼんやり目が覚めちゃったような気がしますけど、牧野さんのほっぺた触ってたら、すぐに眠れました」

そう言って牧野を見つめる明子の顔は、この上なく穏やかで、それを見ただけで気力が満ちてくる自分の単純さ加減に、牧野は笑い出したくなった。
どうやら、朝ご飯と昼の弁当を作ってくれているらしいと判った牧野は、卵はあるかと明子に尋ねた。

「ええ。なにか作りますか?」
「玉子焼き作ってやるよ。あのなんとかかんとかの兄さんより料理できるとこ、見せてやるから」
「もうっ わざと言ってますねっ なんとかかんとかって。お弁当、あげませんよっ」

昨夜のテレビを思い出した牧野が、そんなことを得意げな顔で明子に言うと、明子からはそんなお叱りの言葉が返されてきて、食いつくとこはそこじゃねえだろと牧野は笑った。
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