リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
「事実ですか?」

黙り込んだまま、なにも言わない明子を、亜矢子は探るような目で見つめていた。


(いったい、なにを考えているの? あの子)
(報復のつもりなの?)


だとしたら、こんなやり方を選ぶ美咲を、明子はますます許せなくなった。
明子の傷は在り処を狙いすまして、さらに大きく抉り、深く傷つけようとするそのやり方に、憤った。
そんな悪意に満ちた噂まで社内に流し回って、牧野を追い詰めようとしている美咲に、明子の怒りが収まらない。


-信じろよ


昨日、必至の面持ちで、明子にそう訴えてきた牧野の声を思い出す。
お前だけだと、そう告げてくれた、牧野の真剣な眼差しを思い出す。
子どものように明子に縋りつき甘えてきた、牧野の体温を思い出す。
意地悪だった指を。
抱きしめてくれた腕の逞しさを。
ずっと、ずっと、隣にいて、明子を安心させてくれた、牧野の穏やかな寝顔を。
思い出す。


明子の胸の中にだけいる、明子だけの牧野が、明子の気持ちを奮い立たせた。


(あの人は、もう、私のもの)
(誰であっても、ぜったいに渡さない)


そんな決意が、明子の中で固まっていく。


(ふざけんじゃないわよ)
(なにがあっても、あなただけは、牧野はぜったいに選ばない)
(選ぶはずがない)


客先へと向かうその車中で、野木から聞かされた話がもたらしい強い怒りは、明子の腹の底でしっかり根を生やして居座っていた。
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