リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
ロッカーに荷物を置いてきた明子は、なにか冷たいものが飲みたいなあと、自販機のある休憩所に足を向けた。

ロッカーへ向かう間も、廊下をすれ違う社員たちの中に、ときおり、好奇心ややっかみ、冷やかしが満載の視線を向けてくる者もあり、明子はうんざりしていた。
その中には、朝、牧野とのことを尋ねられてきたときよりも、少しだけ意地の悪そうな色が浮かんでいる視線もあるように、明子には感じられた。
亜矢子から、明子が社を空けていたその間に、社内で交わされていた噂話を聞いていなかったら、その視線の意味も判らず頭を悩ませ、さらに事態を悪化させるように対処をしてしまったかもしれないと、明子はその胸中で、亜矢子に対してありがとうとひたすら手を合わせていた。

「なんで、小杉さんなのって感じよね」

どこがいいの、あんな人。
休憩所のほうから聞こえてきた、なんとなく聞き覚えはあるけれど、いったいあなたは誰よと首を傾げるその声に、明子は足を止めた。

「昔も、牧野さん牧野さんって、まとわりついてたんでしょ。あの人」
「そうなの?」
「なんか、そう書いてあった」
「そうそう。それがあんまりスゴいから、営業に飛ばされたんだって」
「なのに、また、戻ってきちゃったんだ? 図太いのねえ」
「大杉さんだし? あはは」
「まあ、常務のお嬢さんも、牧野さん牧野さんってウザかったけどね。牧野さんなら、もっと若くて可愛い子がいくらでもいるのに、ねえ」
「常務のお嬢さん。妊娠してるって、ホント? でも、そのわりにはチャラチャラして格好しているよね、いつも」
「妊娠してるのって、小杉さんでしょ? それで、牧野さん、お嬢様と別れたって」
「マジ? サイテー」
「それで死んでやるだのなんだのって、昨日、大騒ぎしたとかって聞いたわよ」
「あら。私、リストカットして入院したって聞いたけど。だから今日、休んでるって」

きゃらきゃらと笑いながら、そんなことを面白おかしく言い合うその醜悪さに、明子はふんと気合いの深呼吸をして、前に踏み出した。
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