リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
「誰だよ、あいつ」
男の姿が消えても尚、まだそこに男の姿が見えているかのように空を睨みつけている亮一が、やや怒り交じりの声で牧野にそう尋ねてきた。
ややあって、大きく一つ息を吐きだした牧野は、ゆっくりと、明子の肩に埋めていた顔を上げた。
精彩さの欠片もない陰りを帯びた瞳には、明子すら映っていないようだった。
「知らねえ」
ぼそりと低い声で返されていた牧野のその言葉に、亮一の目はようやく牧野に向けられた。
「知らないって、なんだよっ ちゃんと話せよっ」
「知らねえもんは、知らねえよ」
いきり立つ亮一とは対照的に、牧野の声は抑揚のない淡々としたものだった。
それは、牧野が自分の過去を語ったときの暗い声と同じ声だった。
牧野を見つめる明子の目は、不安に揺れる。
「誰です、あいつ?」
能面のような牧野の顔に無駄だと悟ったのか、亮一は開きかけていた口を閉ざして言葉は飲み込むと、今度は明子の背に向かい、そう問いかけてた。
亮一からの呼びかけに振り返った明子は、自分に向けられている眼差しに胸を詰まらせた。
知っているなら教えてくださいと訴えるその目は、心の底から、牧野のことを案じていることを明子に伝えていた。
(話した方が、いいのかな?)
(でも……)
話した方がいいと言う警告が頭の中で鳴り響くが、牧野の気持ちに寄り添いたいと思う自分が、その警告に抗う。
相反する思いが、明子の中で葛藤し続けた。
明子の沈黙にその胸中を察したのか、亮一は仕方ないなと言うように、大きく息を吐き出した。
「判ったよ。もう聞かないから。その顔、やめろって。お兄ちゃん」
のっぺらぼうのお化けみたいで怖いって。
場の雰囲気を変えると、茶化すような声でそう言う亮一は、そのままの明るい口調で言葉を続けていく。
「何年、考平と兄弟やってると思ってんだよ。そういう顔しているときの孝平は、脅しても宥めても無理だってことくらい、とっくに学習してるよ」
だから、もう聞かないよ。
まるで子どもを諭す父親のような口調でそう言葉を続けた亮一に、呼吸することさえ忘れているかのように固まっていた牧野は、ゆるりとその目を亮一に向けた。
二度、三度、瞬きを繰り返し亮一の顔を眺めた牧野は、ようやく、肩の力を抜いて小さく一つ息を吐き出すと、無言のまま、明子と亮一に背を向けて歩き出した。
男の姿が消えても尚、まだそこに男の姿が見えているかのように空を睨みつけている亮一が、やや怒り交じりの声で牧野にそう尋ねてきた。
ややあって、大きく一つ息を吐きだした牧野は、ゆっくりと、明子の肩に埋めていた顔を上げた。
精彩さの欠片もない陰りを帯びた瞳には、明子すら映っていないようだった。
「知らねえ」
ぼそりと低い声で返されていた牧野のその言葉に、亮一の目はようやく牧野に向けられた。
「知らないって、なんだよっ ちゃんと話せよっ」
「知らねえもんは、知らねえよ」
いきり立つ亮一とは対照的に、牧野の声は抑揚のない淡々としたものだった。
それは、牧野が自分の過去を語ったときの暗い声と同じ声だった。
牧野を見つめる明子の目は、不安に揺れる。
「誰です、あいつ?」
能面のような牧野の顔に無駄だと悟ったのか、亮一は開きかけていた口を閉ざして言葉は飲み込むと、今度は明子の背に向かい、そう問いかけてた。
亮一からの呼びかけに振り返った明子は、自分に向けられている眼差しに胸を詰まらせた。
知っているなら教えてくださいと訴えるその目は、心の底から、牧野のことを案じていることを明子に伝えていた。
(話した方が、いいのかな?)
(でも……)
話した方がいいと言う警告が頭の中で鳴り響くが、牧野の気持ちに寄り添いたいと思う自分が、その警告に抗う。
相反する思いが、明子の中で葛藤し続けた。
明子の沈黙にその胸中を察したのか、亮一は仕方ないなと言うように、大きく息を吐き出した。
「判ったよ。もう聞かないから。その顔、やめろって。お兄ちゃん」
のっぺらぼうのお化けみたいで怖いって。
場の雰囲気を変えると、茶化すような声でそう言う亮一は、そのままの明るい口調で言葉を続けていく。
「何年、考平と兄弟やってると思ってんだよ。そういう顔しているときの孝平は、脅しても宥めても無理だってことくらい、とっくに学習してるよ」
だから、もう聞かないよ。
まるで子どもを諭す父親のような口調でそう言葉を続けた亮一に、呼吸することさえ忘れているかのように固まっていた牧野は、ゆるりとその目を亮一に向けた。
二度、三度、瞬きを繰り返し亮一の顔を眺めた牧野は、ようやく、肩の力を抜いて小さく一つ息を吐き出すと、無言のまま、明子と亮一に背を向けて歩き出した。