リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
‐大丈夫
‐ちゃんとしていくから、大丈夫
‐大丈夫だから
それが、我が身に降りかかった厄災を祓う唯一の呪文だとでも言うように、何度も何度も大丈夫を繰り返し唱え続けて、ようやく、母親からの長い電話を明子は切った。
そうして、ごろりと、またソファーに体を横たえて目を閉じた。
電話の向こうでやたらと張り切っていた母親の声が、電話を切っても尚、耳の奥で木霊のようにわんわんと鳴り響いている。
精も魂も尽き果てた。
まさに、そんな心境だった。
土曜日に義兄が帰宅したら、すぐにでも明子に電話を掛けてきて、義兄から紹介された男性陣の中から、無理やり誰かを選ばせて、否応もなくその人と引き合わせる段取りをつけてしまおう。
言葉の上に潜んでいるそんな目論見が容易に窺えてしまうほど、電話の向こうの母親の声には、形振り構わぬ必至さがあった。
実家に帰り顔を合わせれば、誰かいい人はいないのかと、そう尋ねてくることは今までにもあった。
けれど、ここ一年、二年のこの見合い攻撃は、明子には常軌を逸しているように感じられて仕方なかった。
(三十路を過ぎても嫁にいかない娘は、あの人にとって恥なのかしら)
お見合いお見合いと、口を開けば、そればかりを繰り返す母親を思い返して、そんなことを考えてしまった明子は、けれど、すぐにそうじゃないと思い直した。
‐いつまでも、男の人みたいに仕事仕事って
‐女なんて、ずっと働けるもんじゃないでしょ
‐結婚して子どもを生む
‐それが女の務めでしょ
‐そんな当たり前のことが、どうしてできないの
‐小百合だって心配してるのよ、あなたのこと
延々と続く小言の最後にさりげなく含まれていた名前。
それを思い出した明子は、ようやく母親を炊きつけているのは姉なのだと、そう思い至った。
(姉さんにとって、私のような存在は、あってはならないものなんだわ)
生活力ある男性との結婚こそが、女性にとっての最高の幸せであり目指すべき人生のゴール。
家と言う名の女の城で、夫を待ち、子ども育てる。
それこそが、女性に与えられている唯一無二の生き方。
そう信じて疑わない姉には、明子の在りようは理解しがたいものなのだろう。
社会に出て働くのは男の役目。
女は家を守るもの。
姉にとって、それは姉の生きる世界における絶対のルールだ。
だからこそ、自分の妹が自分の世界にいてはならない住人と化していることが、姉には我慢できないのかもしれない。
そんな姉の苛立ちが母親にも伝染して、口を開ければ見合い見合い、結婚結婚と、明子を攻め立てるのだ。
(そんなもの、押し付けられても受け取れないのに)
あなたと私では、生き方も価値観もなにもかもが違うのだというを、どうして理解してくれないのだろう。
脳裏に浮かんだ姉の清楚な横顔に、明子はそう呟いた。
‐ちゃんとしていくから、大丈夫
‐大丈夫だから
それが、我が身に降りかかった厄災を祓う唯一の呪文だとでも言うように、何度も何度も大丈夫を繰り返し唱え続けて、ようやく、母親からの長い電話を明子は切った。
そうして、ごろりと、またソファーに体を横たえて目を閉じた。
電話の向こうでやたらと張り切っていた母親の声が、電話を切っても尚、耳の奥で木霊のようにわんわんと鳴り響いている。
精も魂も尽き果てた。
まさに、そんな心境だった。
土曜日に義兄が帰宅したら、すぐにでも明子に電話を掛けてきて、義兄から紹介された男性陣の中から、無理やり誰かを選ばせて、否応もなくその人と引き合わせる段取りをつけてしまおう。
言葉の上に潜んでいるそんな目論見が容易に窺えてしまうほど、電話の向こうの母親の声には、形振り構わぬ必至さがあった。
実家に帰り顔を合わせれば、誰かいい人はいないのかと、そう尋ねてくることは今までにもあった。
けれど、ここ一年、二年のこの見合い攻撃は、明子には常軌を逸しているように感じられて仕方なかった。
(三十路を過ぎても嫁にいかない娘は、あの人にとって恥なのかしら)
お見合いお見合いと、口を開けば、そればかりを繰り返す母親を思い返して、そんなことを考えてしまった明子は、けれど、すぐにそうじゃないと思い直した。
‐いつまでも、男の人みたいに仕事仕事って
‐女なんて、ずっと働けるもんじゃないでしょ
‐結婚して子どもを生む
‐それが女の務めでしょ
‐そんな当たり前のことが、どうしてできないの
‐小百合だって心配してるのよ、あなたのこと
延々と続く小言の最後にさりげなく含まれていた名前。
それを思い出した明子は、ようやく母親を炊きつけているのは姉なのだと、そう思い至った。
(姉さんにとって、私のような存在は、あってはならないものなんだわ)
生活力ある男性との結婚こそが、女性にとっての最高の幸せであり目指すべき人生のゴール。
家と言う名の女の城で、夫を待ち、子ども育てる。
それこそが、女性に与えられている唯一無二の生き方。
そう信じて疑わない姉には、明子の在りようは理解しがたいものなのだろう。
社会に出て働くのは男の役目。
女は家を守るもの。
姉にとって、それは姉の生きる世界における絶対のルールだ。
だからこそ、自分の妹が自分の世界にいてはならない住人と化していることが、姉には我慢できないのかもしれない。
そんな姉の苛立ちが母親にも伝染して、口を開ければ見合い見合い、結婚結婚と、明子を攻め立てるのだ。
(そんなもの、押し付けられても受け取れないのに)
あなたと私では、生き方も価値観もなにもかもが違うのだというを、どうして理解してくれないのだろう。
脳裏に浮かんだ姉の清楚な横顔に、明子はそう呟いた。