リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
-ありがとうございました
-助かりました

そう牧野に告げて、シートベルトを外してドアノブに手を掛けた明子を、牧野の声が引き止めた。

「なにか、書くもん、あるか?」
「え?」

ああ、はいと、牧野の唐突な問いかけに明子は首を傾げながら、バックの中のメモ帳とボールペンを取り出した。

「こんなんでいいなら」

差し出されたものを見て、貸せと一言告げて手を差し出す牧野に、貸せって、もう、この俺様メと明子は眉間に皺を寄せながら、メモ帳を開いてペンを添えるようにして、牧野に差し出した。
サラサラと、牧野はペンを走らせなにかを書くと、メモ帳とペンを、明子に突き返すようなぶっきらぼうさで差し出した。

「俺のケー番だ。登録しとけ」
「登録してありますよ」

なにを今更と訝しがる明子に、牧野は違う、そうじゃないと首を振った。

「もう一つ、持ってるんだ。一応、社内にいるつもりだけどな、外に出てるかもしれないから、こっちも教えとく。会社の連中に教えてある俺のケータイは、緊急で仕事の話をしたいときに限って繋がらないって評判だからな」

その言いように、明子は思わず吹き出した。
確かに、外回りに出ている牧野に電話を入れても、たいてい、通話中か留守電で、すんなりと繋がった試しがなかった。
その現状に笹原ですら「牧野だから、また繋がらん」と、苦笑いを浮かべている有り様だった。

「なにかあったら、そっちは入れろ。間違いなく繋がる」

ただし。誰にも言うなよ。
そう明子に釘を差した牧野は、メモ帳をしげしげと眺めている明子の右腕を掴んだ。



きつく。
強く。
掴んだ。
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