リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
-ここで、大丈夫ですから。


自宅近くのコンビニエンスストアが見えてきたところで、明子は牧野にそう告げた。

「家まで送る。小雨って、けっこう濡れるんだぞ」

ワイパーを、フル稼働させなければならないほどの土砂降り模様だった雨は、家に着くころには静かな雨に変わっていた。
これくらい大丈夫ですよと、明子がいつもの強がりを口にするよりも早く、牧野がいつものからかい混じりの声で「今度、夜食でも奢れ、それでチャラな」と言い、片頬をにやりと歪ませた顔で明子を見たので、明子は「判りました」とそう答えて、肩をすくめた。

自宅の場所を尋ねる牧野に「この先を曲がって……ー」などと明子が説明すると「ああ、あそこか」と、牧野はなにかに思い至ったように頷いた。

「東側に、大きな銀杏の木があるところだろ」
「よく知ってますね」
「大学一年の夏休みに、ピザ屋でバイトしたんだ。この辺りも配達によく来た」

思いがけない言葉に、明子は目をぱちくりとさせた。


(ピザ屋で、バイト?)
(この人が?)
(ピザの配達?)


その姿を想像するだけで、明子はケタケタと笑い出しそうだったが、鋼鉄のワイヤーで必死に飛び出しそうなその笑いを、腹の奥底に繋ぎ止めた。
車の中でケンカなどしたくはなかった。
ほどなくして、車は静かに明子が暮らすマンションの前に止まった。
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