リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
-沼田くん、一つ、教えてくれる?

午後の準備をしながら、明子はある疑問を沼田に尋ねてみた。

「どうして、大塚主任に、君島課長にノートを見せたことを話さなかったの?」

目をぱちくりとさせた沼田に「話して、ないんでしょ?」と明子は聞き、もう一度、同じ事を尋ねた。

「課長に、そうするようにって」
「それだけ?」

明子は沼田をまっすぐ見つめた。
その目に、沼田は考え込むように目を伏せて、絞り出すように言った。

「課長が言ったんです。『あいつは、俺の母親が死ぬのを待ってるんだな』って。僕、それで、やっと、大塚主任がどれだけヒドいことしてるのか気付いて。課長が何を考えてるのかは、正直、まだよく判ってません。もしかしたら、すごい間違ってることしているのかもって、思ったりもしました。大塚主任の計画なんて、さっさと潰しちゃったほうがいいのかもって。でも、課長の指示通りにしようって」
「……そう。判ったわ。うん。それだけ判れば十分。ありがとう」

沼田から事実を聞かされたその瞬間、君島の胸に去来した怒りが、明子にも伝わってきた。
きっと、牧野も、同じ思いを感じたのだろう。

君島は明子たちが入社したとき、新人教育に当たってくれた先輩社員だ。
仕事のイロハを、明子や牧野に教えてくれた人だ。
明子がどこの事業部に移っても、顔を見れば「元気か? 調子はどうだ」と、笑いながら声を掛けてくれた。
牧野も今までにも随分と、君島に助けられているのだろう。


-君島さんには、頭が上がらねー


笑いながら、よくそんなことを言っている。
大塚とて、君島に助けられてきたことは何度もあるはずだ。
なのに、こんな仕打ちはあんまりじゃないですかと、明子は拳を握った。

喧々諤々の言い争いを、飽きることなく繰り返し始めた彼らを眺めながら、そんなことを考えて、明子の頬にはまた苦笑が浮かぶ。
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