リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
「小杉くん」
「はい」
「キミは昇進には、あまり興味がないのか? 主任の試験も、今年やっと受けたと聞いたが」
「営業部にいたころは、受ける機会がありませんでしたし。システム部は戻ってきたばかりで、まだ仕事を覚えるのが精一杯ですから」
「営業は、確かに女性社員の昇進には積極的ではないところはあるが。ウチはそんなことはないぞ。楽ではない。それは確かだが、女性であることがマイナス評価に繋がることはない」

揶揄交じりの林田の言葉に、明子の中の苦い記憶が蘇った。
営業部にいたころ、冗談交じりに主任の昇進試験受けてみようかなとなどと話していたら、女のくせに何を言っているんだと、それを耳にした先輩格の男性社員に怒鳴れらたことがあった。
明子の婚約が破談になった話が広まったとき、女のくせに出世することなんか考えているかわいげのないヤツだからだろうと、その先輩がいい気味だとでも言いたげに笑っていた。
営業部にいたあの時代に、明子の中にあった微かな昇進に対する意欲など、木っ端微塵に吹き飛んでいた。
そんな明子の心中など気付いた様子もなく、林田の言葉は続けられていく。

「係長のイス、来年は一つ空きがでるかもしれんぞ。第二は」

まあ、主任もかもしれんが。
穏やかな中に、少しだけ凄みをにじませた声で告げられたその言葉に、明子の背筋をひんやりとしたものが流れていった。
どういう意味かなど、怖くてとても聞けなかった。

「試験、受けてみたらどうだ?。キミなら、笹原くんも太鼓判付きで押してくれるだろう」

林田の言葉に、明子は僅かな逡巡を見せ、やがて、静かな声で答えた。

「簿記の資格が、ありません」
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