リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
築年数十年ほどで売りに出ていたこの家は、小さな庭が付いている家だった。
離婚して、実家に戻る気にもなれず、かといって、そのまま、前妻と暮らしていた家で生活していく気にもなれず。
そのとき見つけたのが、この家だった。

ちょっと変わった間取りの狭小住宅は、大家族で暮らせる家ではなかったが、一人か二人で暮らすには、十分過ぎる間取りだった。
自分は人と暮らすには向いていないのかもしれないと、そんなふうに思う気持ちが、あのころは強かった。
だから、小さなこの家で十分と、そう思った。

そんな経緯から手に入れたこの家に、手を加えることはほとんどなかった。
住みやすそうだと言う直感通り、住み心地の良い家だった。
ただ一つだけ。
大きな牧野の体を、余裕でゆったりと伸ばせる浴槽が欲しかったから、浴室だけはリフォームした。


(二人で暮らすには十分だけど、子どもが生まれたら、やっぱり小さいかもな)
(小さいうちはいいけどな、デカくなったらな)


いつの間にか、そんなことを考えている自分に気づき、バカか、俺はと牧野は苦笑した。
自分に毒づきながら森、まだ、その妄想ループから抜け出せなかった。


(キッチンは、広くて使いやすいものしてやろう)
(ガス口は、三つくらいあったほうがいいかもな)
(庭で作る野菜も、増やしてやるか)


そんなことを考え続けて、久しぶりに幸せな気分を味わった。
ただ、一人でいるこの寂しさは、いつものより大きかった。
二人で過ごす時間の楽しさを知ってしまったから。
いっそう。
その寂しさが、牧野の中で募った。
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