リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
ペーパーレスという言葉が聞かれるようになって久しいが、未だに、そんな時代になっていない。
オフィスから、プリンターが消えることがない限り、紙は間違いなく媒体として使われ続ける。

どんな客先であっても、印刷物の全てにプレビュー機能を実装し、ディスプレイで確認できるようにしたとしても、絶対に紙に印刷する機能をなくしていいとは言わない。印刷の機能は、いつでも必要とされ続けている。

牧野も明子も、PDAやタブレット型PCを情報整理に活用しているけれど、それでも、紙による作業も多い。

明子たちが入社したころ、役職についていた者たちの中には、パソコンが世に登場する以前から「大型汎用機」と呼ばれる大型コンピュータで仕事をしていた者たちが、数多いた。


『俺が新人のころは、汎用機を一時間使ったら、俺の月給が吹っ飛ぶくらいの金がかかっていたんだ』


そんなことを、笑い話に交えながら話してくれた者もいた。

確かに、明子などは専門学校で資料的に見るしかなかった八インチのフロッピーディスクどころか、紙テープと呼ばれるカードが入出力装置として、まだこの業界にあった時代を知っている者たちだ。彼らが自分の新人時代を語ると、今となっては笑い話にしか思えないことも多い。
そして、その時代からの生え抜きベテラン勢は、だからこそ、パソコンが普及しても紙ベースで仕事をする傾向があった。

確かに、COBOLなどの言語で開発されたプログラムソースは、言語そのものが自然言語に近いため、その記述は冗長なものが多く、ディスプレイではソースを追いきれなくなることもあり、ストックフォームと呼ばれる連続印刷が可能な長い用紙ら印刷することが多い。
明子や牧野も、新人のころはよくそのストックフォームの束を抱えるようにして、三色ボールペンであれこれと書き込みながら仕事をしていた。

今でも、明子や牧野が紙媒体での作業を好むのは、そのころに叩き込まれて習性なのかもしれない。
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