リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
必要な資料をすべて、紙に印刷して並べて、思いついたこと、気づいたことをどんどんそこに書き足しながら、全体を眺め続ける。
そうしていると、散らばっていた思考も次第に整理され、一つに収束していくことがある。
だから、スケジュールでさえも、明子は最終的には手帳に書き込んで管理していた。
電源などを必要とせず、無造作にカバンに放り込んでも大丈夫な手帳は、仕事の大事な相棒だ。明子にとってはモバイル端末などよりも使いやすい、頼れるアイテムだった。

そして、それは牧野にも見られる傾向だった。
牧野は入社したころから、ずっと同じシステム手帳を使っていた。
そのカバーは革製品を扱っている、ある工房の品だ。
上質なヌメ皮のそれは、あちこちに小さな傷を作りながらも、この十三年でキレイなあめ色に育っていた。
明子はずっと、あるメーカーのビジネス手帳を使っている。十年以上、外装も内装も変わらない手帳だった。

基本、紙に書き込むことを由としているので、その結果、牧野はいつの間にか、机に書類の山を使ってしまう。
しかも、そこそこの山になるまで放置してしまう。
紙ベースで仕事をしていても、こまめに分類して、ファイリングする明子との違いは、そこにあった。

そして、牧野のようなタイプにはよくあることだが、不思議なことに、なにがどんな順でそこに積んであるのか、それを驚くほど正確に把握していた。
本人にとっては、山積み状態のその形こそが一番仕事をしやすいベストな形なのだろう。
だが、その山が、そろそろ雪崩れそうな気配がある。
そして、その状態に、笹原が「どうにかしろっ」と怒り出しそうな気配もある。

仕方がないなあと、ふんと気合いの息を吐き、明子はその山に手を伸ばした。
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