リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
客先に直出かなと思いつつ、牧野の机をよくよく見ると、すでにいつものコーヒーショップのカップは置いてあった。
どうやら、出社はしているらしい。
タバコでも吸っているのかなと考えながら、ランチバックと貴重品を入れたミニバックを引き出しに仕舞い、明子は自分の机の上を拭き始めた。

床掃除は、清掃会社の人たちがしておいてくれるが、社員たちの机の上はそのままだ。
社外秘の資料などを、無造作に机に放り出しておくような社員も少なくないので、当然のことと言えた。

しかし、室内であろうとも埃は溜まる。
机の上とて例外ではない。
だから、自分の机の上だけでものと、明子は出社したら雑巾掛けをすることにしている。
家の中など、つい先日まで散らかし放題だったのに、それでも会社での雑巾掛けは、新入社員のときから欠かしたことがなかった。続いているのは、綺麗な机で仕事をすると、それだけでも丁寧な仕事をしている気分になれるからかもしれない。

ふんふんと、人の気配のない室内で機嫌よく鼻歌を歌いながら、自分の机を綺麗に拭き上げた明子は、続けて小林の机も拭き始めた。


『あっこちゃんや。俺の机も頼む』


異動して間もない春のころ。
珍しく、明子よりも早く出社していた小林にそう拝まれて以来、小林の机も一緒に拭くことが日課になった。
そのお礼にと、ときどき、有名ブランドの紅茶の貢ぎ物があるからギブとテイクが成立していると、明子も納得している。
松山は、少し几帳面なところがあって、机の上のものを人に勝手に触られるのを嫌がる。
マウスの位置が少し変わっていただけでも、気になるらしい。
だから、手はつけないことにしていた。

そうして、一通りの拭き掃除が終わると、明子はくるりと振り返った。
贅沢にも机の下に収まる可動式キャビネットを二つ有している、牧野の机を見た。
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