リスタート ~最後の恋を始めよう~ 【前編】
自席に戻ると、明子は仕事用のアタッシュケースを抱えて、急ぎ客先に向かった。

なぜか、明子の後を追ってきた小林が、そのまま助手席に乗り込む。
途中にある、三課の社員が三名出向している客先で下ろしてくれと、明子に告げた。
歩いても十五分くらいの場所なので、用が片付いたら帰りは歩いて戻ると、小林は明子に言った。

「寄りますよ?」
「いや、すぐに用は済むから」

届けもんと、ちょっと内緒話がな。
助手席に乗り込みながら、小林はそう明子に伝えた。

「朝からお疲れさまだな、あっこちゃんも」
「疲れたというか、呆れたというか」

まったくなあー。
小林の語尾の最後は大きな欠伸混じりとなり、ふぁーっと伸びた。

「大変でしたね。カミナリゴロリン」
「なあ。冬だぞ、もう」
「もうないといいですけどね」
「君島が言うには、北陸では冬のカミナリは珍しくないんだそうだ。雪起こしのカミナリとか言って、雪が降る前触れだったりするんだと」
「へえ。そうなんですか。明日、雪なんてことないですよね」
「さあな。社内は嵐かもしれないけどな」
「洒落になりませんよ、それ」

そんな軽口を交わしながら、信号が赤になり車を止めたタイミングで、小林が真剣な顔つきに変わった。

「小杉。頼みがある」
「はい?」
「もし、もしもな。カミナリの夜、牧野と一緒だったら、あいつを一人にしないでやってくれ」
「は? なに……」

言ってるんですかと、笑い混じりに続くはずだった言葉を、明子は飲み込んだ。
小林の横顔が、それを許さなかった。

「頼む」

説明もなにもなく、ただその一言を、小林は口にした。
それが、事の深刻さを告げているようで、明子はなにも言えなくなった。

「小杉?」

信号が変わり、明子は車を出した。

「カミナリの夜ですね」

判りました。
硬い声色でそう答え、ちゃんと覚えましたというように、明子は深く一つ頷いた。
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